西洋占星術師になろう~歴史(2/2)

 テレサです。こんにちは、前回の記事では古代~10世紀ぐらいまでを書きました。うんざりしていないかな~。

 昔は西洋占星術も天文学もひとつだったんですね。真剣に空を見て考える、研究すること…そう思えば感覚的にはわからなくもないです。

 前回までのあらすじはこちら↓

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中世からルネッサンスへ

 ヨーロッパに戻ってからは主に12世紀~13世紀にかけて、歴史的な著作が翻訳されて読まれました。

 中でも、アラビア語を易しいラテン語に一つずつ訳したセルビアのジョン(12世紀初頭)の翻訳は後世の占星術師の著作の原文になりました。

 13世紀には占星術は軍事や政治のエリートたちから支援されるようになり、学術研究者によって解説されて理論化され―

 なんと占星術は、後の数世紀で大学での主軸になったのだそうです。

 
しかも医学で!
占星術師だけじゃなく、医者もホロスコープを使って占星術をしていたのよ
 
れっきとした信頼の学問だったんだなあ…

 この時期の技術革新は著しく、時間、距離などの計測も精密にできるようになりました。

 その時代背景の恩恵を受け、占星術で用いる様々なハウスシステムも生まれました。ハウスシステムはまた別の記事で説明しますが、「時間」に深い関係があります!

 有名なのは、イタリアのヨハンヌス・カンパヌス(1220‐1296)でしょうか。西洋占星術で現在でも使われているハウスシステム「カンパヌス」の考案者です。

 より正確に時間を測ることは、より正確なを作ることにつながり、それによって占星術師たちは、より正確なホロスコープが作れるようになりました。

一般化していく占星術

 1600年代で有名な占星術師といえばなんといってもウィリアム・リリー(1602-1681)でしょう。

 現在も読み継がれている伝統的占星術の名著『クリスチャン・アストロロジー』は西洋占星術師である田中要一郎氏により翻訳され日本人でも読めるようになりました。

 優れた占星術のテクニックの説明とホラリー占星術の実例がたっぷりに掲載されています。当時のままの文章を日本語で読めるよろこびは計り知れませんね!!まるで貴重な古文書を見るような気持ち…

 また、アロマテラピーの業界では歴史で習う有名人、イギリスのハーバリストであり医師、そして占星術師であるニコラス・カルペパー(1616-1654)も忘れてはいけません。彼はウィリアム・リリーの弟子だったのです。

 1600年代後半になると、隆盛を見せた西洋占星術が衰退していきます。科学の恩恵を受けた占星術でしたが、またその科学の発展によってだんだん考え方が食い違ってきたのです。

 暦はテレビの星占いのように一般的で、個人が占星術師に占ってもらうようなピンとくるものではなくなり、おまけに歴史を大切にせず考えが合わない過去の知識を排除しようとする占星術師が出て、陳腐化したりしました。

 宗教家は占星術を医学や天候にだけあてはめればいいとして、占星魔術やスピリチュアルを否定し、一般大衆は「科学」ばかりに敬意を払うようになり、迷信扱いされて排除されてしまう始末…

 そして人々が興味を完全に失わないうちから、一方で占星術師たちはどんどん社会の片隅へと追いやられていき、そこからはしばらく下火になりました。

新惑星の発見

 プトレマイオスがまとめた占星術では、惑星は7つだったはずでした。しかし科学は発達し、大きくて性能の良い望遠鏡も発明されて…1781年のこと、とうとう新しい惑星が発見されてしまった。それは、天王星!!

 発見したのはイギリスフレデリック・ウィリアム・ハーシェル

 いやあ…大変な騒ぎでしょう、当たり前ですが西洋占星術の長い歴史の中で、これまで全く考慮に入れられてこなかったんです。

 だって太陽や月を入れた惑星(天体)たちは全部で7、そして「7」は古来の神秘の数字でもあったわけで、伝統の宇宙観をぶっ壊してきてる感じ!!

(※惑星と呼ぶか天体と呼ぶかについてなどは後日また記事にしますね)

 フランス革命も近いご時世に起こったこの出来事。占星術のシステムを全体的に見直す必要に迫られました!!

 さぁ、どうする!?もちろん、この後に発見される海王星冥王星もみな驚き戸惑ったでしょうけど、まず初めに突然やってきたこの天王星にはみんな…まいったでしょうね!

 衝撃を受けながらも、占星術師たちはそれぞれの惑星に意味を付け加え、今までの7惑星に3つプラスして、10惑星として用いることになりました。そして今も、現代占星術では10惑星を用いて占います。

【ちょっと一言】
今日での西洋占星術は、伝統的占星術現代占星術とに大まかに分かれます。
伝統的占星術では7天体、現代占星術では10天体で占います。
今、巷にいる西洋占星術師が一般的に使っているやり方は、そのほとんどが現代占星術と言っても過言ではないでしょう。伝統的占星術の実践者はまだまだかなり少ないです。しかし、最近になって、先に書いたウィリアム・リリーの著作も日本語訳されて、学ぶ人はだんだん多くなってきたようです。

 イギリスで地道に生き続けていた占星術も、1890年代に起こる心霊・神秘主義の流行によって、再び実践されることになり、フランスやドイツ、そして海を渡りアメリカでも復活していきました。

 心理学者であるカール・ユングは降霊術をはじめ錬金術、神智学などの神秘主義に大きな関心を寄せ、占星術も例にもれず、そのシンボルを集合意識やアーキタイプなど、自身の心理学の学説に採用しました。

 
アカデミックな心理学者のユングがオカルティズムに興味があったなんて意外よね
 
興味があるだけじゃなくて、研究に取り入れているんだもんね。驚くなあ…

 また、もう一人の占星術のキーパーソンとして、「現代占星術の父/近代占星術の祖」と呼ばれるアラン・レオ(1860‐1917)がいます。彼は数十年かけて2000ページに及ぶ教科書を書きました。

 当時のイギリスでは占いが法律で取り締まられていたという時代背景の中で、占星術師であり作家で神智学者だった彼は占星術を通じて

 「不法に占いをしたふりをした」という容疑で起訴されました。

 そんな経験のある彼は、占星術が合法化されるよう改正されるべきだという信念から、占星術を心理学的なものにしようとアプローチを変えていきました。

  1917年に彼は同じ罪で再逮捕されたときに、裁判で

 
「運命」ではなく「傾向」を語ったまでだ!!
 
…と語った、と。

アラン・レオが仲間に語ったアドバイスが残っています。

自分の予測に誇りを持ち、占星術で未来を予言することだけに価値を見出して世の中に納得してもらうような、「宿命論的」な占星術師とは決別しよう。それが真実であるかどうかなど議論する必要はない。その代わりに、言葉に必要とされているような変更を加えて、占星術を「傾向の科学」と呼ぼう。
ウィキペディア

 今日では人の出生ホロスコープが心の動きや精神的な成長に深くかかわると読み解くことから、現代占星術は心理占星術と呼ばれることもあるのも、アラン・レオの仕事からなのですね。

そして、現代へ―

 1900年代半ばごろ以降はアメリカで多くの占星術師が生まれコミュニティを作り、調波をはじめミッドポイントなどの新しい技法も生まれ、1977年にはキロンも発見されました。

 また、1985年には『クリスチャン・アストロロジー』も復刻。手で計算していたホロスコープの作成もコンピュータやネットで計算できるようになりました。

今ではスマートホンでも簡単にさっとホロスコープが作れる時代になりました!

 挑戦したい技法もたくさん、一枚のホロスコープから読み取り理解できる情報も増えました。ぜひみなさんも、西洋占星術に挑戦してみましょう。

 テレサのメモ帳では、技法も紹介していきます。これからもどうぞよろしく。

テレサ

ヘレニズム世界で栄えた西洋占星術は、アジアにもやってきていました。

インドではとても流行して栄えたのです。インド占星術って聞いたことがあるかもしれません。インド占星術は独特の方式を採用していて、それと西洋占星術を融合させたのが、宿曜道中国では不空三蔵へ持ち込み、不空の弟子に師事していた空海が、今度は日本に持って帰ってきました。
平安時代には民間の占星術師が宿曜師と呼ばれていたそうで、紫式部もこの占いに精通していたとか!
宿曜占星術は密教占星術と呼ばれることもあり、家臣選びに用いられたとかそうでないとか!?